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Operaベルニーニ、桜を求めて半木の道、上賀茂神社、仁和寺へ――その1。

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

桜を求めて京都中ウロウロしていたことが、もう遠い昔のように感じる。
取りあえず撮った写真をアルバム代わりにブログにUpしているのだが、更新がどうにも追いつかない。
やっぱり思い出は頭の中で日々風化しているようで、写真を見ても当時の心境を的確に思い返す事が出来ない。
最近口内炎が出来た。やっぱり疲れているのだろうか?
そういえば睡眠も浅い。
少し落ち着こう。
これが人生最後の花見じゃあるまいし。

(写真を見る限り)この日は好天に恵まれた一日だった。
「折角なのでベルニーニで今まで行ったことがない桜の名所を訪れてみよう」
こう思ったかどうかは今となっては定かではないが、とにかくペダルを回すことが無性に心地よかったことだけは覚えている。
目指すは半木(なからぎ)の道。
鴨川左岸の北山大橋と北大路橋との間を結ぶ散策路の事であり、春を彩る紅八重枝垂桜のトンネルが有名である――ことを私はこの前日に知った。
隣が府立植物園なので、そことの合わせ技でこの道を訪れる人も多いだろう。
だが私は違う。そして理由は特にない。
私が植物園を訪れる季節はなぜかいつも決まって冬なのである。
特に観るものも無いのに……何故だろう?
などと、記憶喪失の私はとりあえず今振り返って頭に浮かんだ疑問を適当に述べてみた。

記憶はないがどうやら到着したようだ。
桜の多さ以上に人の多さにまず驚いた。

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多少戸惑いを感じつつ、私は北大路橋から北山大橋に向けて散策を開始した。

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視線を少し上げると紅色の桜が大量に枝垂れていた。
私は桜に包まれて歩いている。

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視線を少し下げると色々な人間が大量にうごめいていた。
同時に私は人に包まれてもいるのだ。

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紅色の枝垂桜の隙間からのぞく青い鴨川はとても涼やかに見えた。

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桜のトンネルはその密度を保持したまま永遠に延びているかのようだった。

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まさに満開花盛り。
人々が浮かれ、そして私も浮かれている理由が垣間見えた。

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紅枝垂桜の系統図である。
サクラ属に”もも”と”すもも”が属していた。
「”スモモ”も”モモ”も”モモ”のうち」という早口言葉?言葉遊び?があるが、これをみる限り
「”スモモ”も”モモ”も”サクラ”のうち」が正確な表現ではないだろうか?
などとどうでもいい事を思った(ような記憶が確かにある)。

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北山大橋まで歩き、そこから半木の道を振り返った。
その中に居て楽しむのも良いが、こうして俯瞰して観てみるのも悪くないと思った。
昔の人はさぞかし苦労してこの景観を作ったのだろうと、その時私は感慨深く思った(はずである)。

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今度は外側の散策路を通って北大路橋へ折り返す。
時々桜の花びらが舞い散り、トンネルとはまた一味違った趣を覚えた(はずである)。

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逆から見てもやっぱり盛大に咲いている。
これだけ咲けたらさぞかし気持ちの良いことだろう。
気持ちよさそうな桜の下を気持ちよさそうに人が歩いている。
今この空間は、気持ちいいエネルギーで満ち満ちていた(はずである)。

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ベルニーニのある北大路橋側へ到着。
そして何となく桜の前に引っ張り出して一枚。

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「このまま帰るのはもったいない」
私の足はそのまま上賀茂神社へ向くこととなった。
……続く。

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渡部昇一先生逝去。

4月17日に渡部昇一先生が逝去されたそうだ。
私は今日18日、ネットでその事を知った。

「あぁ、ついに来たか」
私の頭に即座に浮かんだのはこの言葉だった。
私はよく先生の著書や動画を拝見させて頂いているのだが、その中に『書痴の楽園』というネット配信番組がある。
先生はかなり辛そうだった。
声に張りが無く、体は一回り萎んでしまったかのようだった。
私の所感だが、先生は去年腕を骨折してから急激に衰えていったように思える。
その番組の最新の回を見た時、私は少なくない危惧を覚えた。
それから約一週間、危惧は現実になってしまった。

先生の人生を振り返ると孔子の有名な言葉が思い浮かんでくる。

吾、十有五にして学に志す。
……
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
……

幼くして学問の道を志し、四十にして自分の生きる道を見つけ、五十にして天命(生まれた意味)を知り、
そして結局天命は全うできずにその生涯を閉じる。
孔子も同じように天命を全うはしていない。
恐らく天命とは、このように大きな器を持つ人間でさえその生涯においてなお全う出来ないほど大きな使命の事を言うのだろう。
なにしろ神様が命じるくらい大事なことなのだから。
なので君子はその天命をいつか誰かに全うしてもらえるよう、必ずきちんと種を植えてから去っていく。

渡部先生の天命とは何だったのだろう?
先生は英文学者にも関わらず五十歳を過ぎた頃から急激に保守活動にその身を投じていく。
歴史学者の嘘、メディアの嘘、教育の嘘、政治の嘘、そして日本にはびこる様々な悪しき固定観念を突き崩そうとする。
当時はまさに孤軍奮闘に近い状況だったことが容易に想像できる。
何が先生をしてそうさせたのか?
それはひとえに我が祖国、日本への愛の為だった。
その愛はもちろん優しいだけの見せかけの愛ではない。
間違っている(いた)事は間違っている事として容赦なく指摘して糾弾する。
その真っすぐで厳しい姿勢と随所に感じられる愛情は、先生の著書や動画で顕著に見て取れる。
「日本を(誇りある)普通の国に”戻す”」

私が先生の著書で特に感銘を受けたものが何冊かある。
伊藤仁斎の童子問について解説されたものと、幸田露伴の努力論について解説されたものだ。
これらの古典は他の作家による解説書も複数存在しているのだが、読み比べてみるとその差は歴然である。
(全部読んだわけではないが)
解釈の力に圧倒的な差があるのだ。
そこには読み手がこの手の解説書に時折感じるこじつけや無理が感じられない。
至って自然であり、それゆえすっと心に言葉が落ちる。

日本はまた一人偉大なリーダーを失った。
謹んで哀悼の意を表します。
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Operaベルニーニ、桜を求めて嵐山渡月橋、大沢の池、広沢の池へ。

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

ブログの為に写真を整理していると、それらの光景に何だか懐かしさと愛おしさを抱いた。
その感覚をよく分析してみると、どうやら懐かしさはその風景に、そして愛おしさはその風景を切り取っている自分の姿に重ねているように思えた。
それらの風景は明らかに自分の体験なのだが、何となく自分ではない別の誰かの記憶を覗いているような気分になってくるのだ。
今の自分は明らかに当時の自分を知っているのに、当時の自分は今の自分のことを全く知らない。
同じ自分なのに別の自分。
何だか不思議な気持ちになってきた。
少なくとも写真なりブログなりを通して見る自分は、今の自分に直接向き合うよりもより客観的に捉えられ、そして多少なりとも愛を持って認識できるような気がする。

近い将来にそんな気がすることを微塵も思っていない当時の私は、この日もベルニーニを駆って嵐山に向かっていた。
もう出発即全力疾走などというおろかな行為はしない。
サイクリングとは、周りの風景を楽しみ、自分が今どの筋肉を使ってペダルを回しているのか確認しつつ、心に常に余裕を持って走ることである。
そんなサイクリング道のようなものがあるのかどうかは知らないが、とにかくこの時の私はそんな感じだった。

そんなオペラ流のサイクリング道に思いを馳せながら桂川の自転車道を走っていると、やがて嵐山”終点”に到着した。
ただしサイクリング道に終わりが無いように自転車道にも終わりはない。
自転車道の終点は始点でもあるのだ。
……何の話をしているのだろう?そんなことはどうでもいい。
とにかく桜と桜に浮かれた人々を観察しよう。

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桜のあるところ人あり。
嵐山は今まさに花盛りであり人盛りだった。

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枝垂桜の下でベルニーニを撮った。
桜の向こうに屋台がいくつか軒を並べていた。
まさに桜のあるところ人あり、そして人あるところ商売ありである。

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そう言えばここも砂利が敷き詰められている。
歩きにくいことこの上ないが、前回の御所ツアーで得た知識によると砂利の利点は主に三つあって、
1.全体が平坦に見える。
2.雨でも汚くならない。
3.音で不審者の侵入を察知する。
という事らしい。
平安時代、嵯峨野は貴族の独占地帯、一般人立ち入り禁止の禁野だった。
つまりここもその昔は雅な場所だったのであり、砂利もその面影の一つなのである。

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一休みしていると突然強い東風が吹いた。
目の前に桜吹雪が舞った。

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東風(こち)は春の季語である。
そして東風は雨を伴う春の風である。
東風に呼ばれて花を咲かせた桜は、同じ東風に促されてその花を散らす。
人の生活からますます季節感が遠ざかりつつある現代。
社会における桜の存在感は、これから更に増していくように思える。

そんな事に思いを馳せながら私は嵐山の散策を続けた。

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一通り嵐山を堪能した後、私は嵯峨野の北端を目指してベルニーニで大沢の池へと向かった。
メインストリートを抜けると一気に人気が無くなっていく。
やがて坂に差し掛かった。
おかしい、何故坂が? そもそもこんなに遠かったっけ?
まだ体力に余裕のあった私は、久しぶりの坂道に少し興奮気味だった。
なのでそのまま自分の進む道を信じてペダルを回し続けた。
やがて眼下にこんな光景が広がった。
遠くに京都タワーが見える。
間近には無秩序に乱立する瓦屋根の集落が。
同じ方向を向いている屋根が一つもない。
どうすればこれほど調和を無視して家を建てられるのだろう?
私はこの時、秩序を保つ嵯峨野の裏を見た気がした。

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それはそれでいいとして、そもそも私はどこに居るのだろうか?
そう思って少し進むとその先に嵐山・高雄パークウェイの入り口が見えてきた。
ここでようやく私は自分が大沢の池とは全く違う方向に進んでいたことを知った。

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その代わりに久しぶりの爽快な下り坂を経験することが出来た。
たまには間違う事もあって良い。ただし体力のあるうちに限る。

今度こそ目的地のはずだ。
明確に大覚寺と書いてあった。
正面に山門、そして右には大沢の池が見える。
どうやら桜は見頃を迎えているようだ。

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大沢の池。
池にしておくのはもったいないくらいの光景だった。

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嵯峨野を開いたのは嵯峨天皇である。
その嵯峨天皇を開祖とする寺がこの大覚寺だ。
流石にもともと天皇の離宮だっただけあって実に立派な庭園である。

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ここも建物の東側に池を配している。
御所ツアーで知った理由がここでも適用されているのだろうか?
これだけ池が大きいと夏でもさぞ涼しかろう。

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池のほとりに佇んでいると、鯉の群れが集まってきた。
中には錦鯉的な奴もいる。
こいつら、見てないようで確実に池の外を見ている。
暫くの間、私は鯉が私を見ているという前提で鯉たちと見つめ合っていた。

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鯉の相手に疲れた頃、庭に強い東風が吹いた。
ここでも桜吹雪が舞っているようだ。

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大沢の池を後にして、私はその先にある広沢の池に向かった。
水面にはたくさんの桜の花びらがたゆたっていた。

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広沢の池は昔から灌漑用だったので、たまに通りがかると水が完全に抜けていることがある。
この日がそうでは無くて良かった。

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広沢の池を堪能した後、私は再び喧騒の嵐山を通って帰路に着いた。
帰路において私はこんな事をふと考えた。
自宅の隣に咲く桜にも多少の感銘は受けるものの、何故か人の集まるところに咲く桜の方がより深い感銘を受けるのは何故だろう?
それは私が桜に浮かれる人々と共に観ることによる相乗効果、いわゆる錯覚なのだろうか?
しかし錯覚とはいえ、純粋に桜を楽しんでいる人の姿はこちらも幸福な気分にさせることは間違いない。
それがまさしく共感というものだろう。
共感は心に安心感を呼び、明るくしてくれる。
特に文化の異なる外国人が感嘆の声を上げていたりすると、何だかそこに文化の違いを乗り越えた価値観を共有しているような気がして(自分の功績でも何でもないのに)嬉しくなるものだ。
そういう意味において、人は物事を自分の目だけではなく他人の目を通しても見ているのかもしれない。
池の鯉との決定的な差異がそこにはあるのだ。
(少なくとも私は暫く見つめ合っていた大沢の池の鯉に共感の念は抱かなかった)
鯉と人間との違いに気付いたこの日のサイクリングである。
……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。
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