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HELL on WHEELS、マイヨジョーヌへの挑戦

皆さん、どもども。

うつボッチオペラです。

本日は、昨日に引き続き私の所有するロードレースドキュメンタリーDVDをもう一本ご紹介します。

このDVDの舞台となるのは昨日の記事←(ここをクリック)で紹介したツール・ド・フランス2004の前年、2003年に開催された
『ツール・ド・フランス100周年記念』となるレースです

原題は「HELL ON WHEELS」。

もうその名前だけで内容の過酷さを読み取ることが出来ます。

対象となるチームはドイツに本拠地を置くチーム・テレコム(同年T-Mobileと改名する)。
本来チームのエースであり、ランス・アームストロング(以下ランス)の唯一絶対のライバルであったヤン・ウルリッヒ(以下ウルリッヒ)が色々問題を起こして別チーム(チームビアンキ)から出場した異例の大会です。

この映画も昨日の記事同様、ロードレースの過酷さを前面に押し出しながら、さらにチーム内における人間関係やそれぞれの立ち位置による悩み、葛藤などを描いています。

邦題には「マイヨ・ジョーヌへの挑戦」と付けられていますが、この年のテレコムは総合優勝を狙える、つまりランスを脅かす存在が居なかった為、その題名には若干の違和感を覚えます。

このチームは本来ウルリッヒの為に存在するような形態をとっているチームです。
しかし彼が不在の2003年としては、本作のいわば主人公の一人であるエリック・ツァベル(以下
ツァベル)にマイヨ・ベール獲得という重責が課せられた訳です。

ツール・ド・フランス(以下ツール)のように、何日間にも渡りタイムを競い合うレースをステージレースと呼びますが、そのようなレースの場合、総合優勝以外にも複数の賞が用意されています。

簡単に言うとツールでは以下の4つ。
そしてそれぞれに()で示す色のジャージが用意されています。

マイヨ・ジョーヌ(黄) ‥ 総合優勝
マイヨ・ベール(緑) ‥ 一番すごいスプリンター
マイヨ・ブラン・アポアルージュ(白地に赤の水玉) ‥ 一番すごいヒルクライマー
マイヨ・ブラン(白) ‥ 新人賞


ステージレースの期間中、常にこのジャージがその時点でのTop選手に移動していき、最終ゴールであるパリにたどり着いたときに各ジャージ、つまり各賞が確定となります。
この中でツァベルに期待されているのはマイヨ・ベール、つまりツールで一番すごいスプリンターに送られる栄誉です。

ツァベルは過去に何度もこの賞に輝いている世界屈指のスプリンターです。
しかし2003年時点において、彼は自分の体力の衰えや台頭する若きスプリンターからの圧力により徐々に自信を失いかけていました。

そのような状態での2003年ツールです。


初日、プロローグと呼ばれる距離の短い個人TT(タイムトライアル)でツールの長い3週間の幕が切って落とされました。
200近くまで上昇する心拍数、選手の激しい息遣い、苦痛に歪む表情。
その観衆やマスコミの多さも手伝い、選手もスタートからテンションMAXの状態です。

ツァベルも無事プロローグを終え、翌日からは自分に課せられた重責を背負いながら世界の並み居る競合とスプリント勝負を繰り広げる事になるはずでした。

スプリンターの活躍できる場は決まっています。
ほぼ平地(我々にとってはそうでもないが)で行われるステージの途中に複数存在するポイントと、やはり最も大きいのはゴールをトップで駆け抜ける事です。

ゴール前、お互いの肩と肩がぶつかるような集団の中から縫うように抜け出し、ライバルより数センチでも前でゴールラインを通過すれば勝利とともに多大なスプリントポイントを得ることが出来ます。
その時の時速は60~70kmにも達しています。

その過酷な戦場にエーススプリンターであるツァベル無事に運ぶ為、アシスト達は身を粉にして働きます。
その中には
ツァベルの親友であり、この大会で一日だけとはいえマイヨ・ブラン・アポアルージュを着ることになるクライマー、ロルフ・アルダーク(以下ロルフ)も入っています。

ある日の平坦ステージ、中間地点のコーナーにおいて不幸にもツァベルは落車に巻き込まれてしまいます。
体中に擦過傷を負い、手のひらはハンドルも握れないくらいに血だらけになってしまいました。
ツァベルは彼の親友であるロルフに並走してもらいながら時間制限ぎりぎりでゴールします。

落ち目の自分に容赦なく降りかかる災難、チームからの重圧、肉体的にも精神的にもかなりキツイストレスを抱えたままツァベルは翌日以降も走り続けます。
レース中、ロルフと相部屋である
ツァベルは、お互いの立場においての本音、或いは弱音とも取れる会話を毎日幾度と無く繰りかえします。

この頃スプリンターとして栄華を極めていたのはファッサ・ボルトロのペタッキ、そして躍進中の若手としてはロット・ドモのマキュアンなどです。
今思い出しても心躍るチーム名とレーサーです。

不幸といえば、チームCSCのタイラー・ハミルトンという選手は、ツール序盤で落車により鎖骨骨折。
そして恐ろしいことに翌日以降もリタイアすることなく出走し、山岳ステージで一勝したうえ、なんとそのまま3週間走りきり、結果的には総合4位でツールを終えました。
ランスのライバルの一人として認知されていただけに、骨折がなければどうなっていたのでしょう。
レース中には骨折してない疑惑まで浮上し、それに対しハミルトン側は証拠のレントゲン写真まで公開したとか。

更にもっと不幸といえば、同じくランスのライバルとしてオンセチームから出場したホセバ・ベローキは、ランスとランデブーで峠から下る途中、ブレーキングミスによりタイヤロック、そしてそのままアスファルトに叩きつけられました。
下りは時に時速100kmにも迫るスピードを出します。
彼はぴったり着いて来るランスを引き離そうと必死だったのでしょう。
うずくまったまま動く事も出来ずにすすり泣くベローキはそのままヘリで病院へ直行、全身骨折に近い大怪我を負いました。
その後彼は現在に至るまで活躍することはありませんでした。
実に惜しい存在です。

いやぁ、ほんと恐ろしい世界ですよね。

ランスにとってのライバルが自滅していく中、唯一調子を維持しているのがウルリッヒです。
ツール最後の個人TT、ここが最大の山場でした。
お互いにTTを得意とする両者ですが、もしランスの調子が悪ければ
ウルリッヒの逆転優勝という可能性も十分あったからです。
しかし神はランスを選びました。
雨に見舞われた当日、
ウルリッヒはコース上のロータリーで転倒、リアディレイラーから火花を飛ばしながら路肩のクッションへと滑っていきました。
ランスにとっては再びライバルの自滅です。

そして当然のようにランスは総合優勝に
輝き、2003年のツールは幕を下ろしました。

ツァベルは結局マイヨ・ベールを獲ることは出来ませんでしたが、それでも3位(スプリント)に入りました。
あれだけの怪我と重圧に耐え、よくぞ頑張ったと褒めてあげたくなります。




いやぁ、どうですか?この年のツール。

私個人としては、ヴィノクロフの活躍もあり、ウルリッヒとの死闘もあり、羽が生えているかのように坂を登るイヴァン・マヨが出てきたりで一番見応えのあったツールではないかなと思うのですが。

以上、十年前に思いを馳せるシリーズでした。

それでは。


……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。
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