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日本はなぜ自殺率が高い?

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

前回少し自殺について述べたこともあって、私は今回日本の自殺率の高さの原因について少し考えてみた。
日本の自殺率(10万対比)の高さをG7内で比較すると、例えばよく同じような国民性で比較されるドイツの2倍、イタリアに至っては3倍もの格差がある。
何だ、これは!?
日本は経済大国であり、同時に自殺大国でもあったのだ。
私はここである事が気になった。
「じゃあ日本は昔から自殺大国だったのか?」という事である。
なので日本の自殺率の推移について調べてみた。
すると過去に大きな波(急上昇)が三つ存在することが分かった。

1.1955年(昭和30年)前後・・・高度経済成長の始まり。
2.1985年(昭和60年)前後・・・プラザ合意による円高不況。
3.1998年(平成10年)以降・・・アジア通貨危機による第2次平成不況。

いずれも国民の生活(経済)環境が急激に、そして大きく変化した時期である。
1.はプラスの変化、2.と3.はマイナスの変化だが、どちらにしても人間は急激な変化というものに弱いらしい。
人間の目が明から暗、暗から明への急激な変化によってしばらく前が見えなくなるのと同じで、社会環境の急激な変化、特に価値観の転換によって未来が見えなくなった人が大勢いたのだろう。
興味深いのは3.で、同じ平成不況でも1991年〜1993年までの第1次平成不況期においては自殺率の上昇がみられなかった事である。
では、第1次と第2次の違いは何なのか?
私の見解としてはこうである。
1990年代後半というのは日本がまさにグローバル経済の波に呑み込まれた(或いはその方向に自ら舵を切った)時期であり、日本の労働環境に急激な変化が起こった時期である。
ITバブル、アメリカのヘッジファンド、そしてその影響をもろに受けて発生したアジア通貨危機。
つまり第1次と第2次の違いは、日本がグローバリゼーションに組み込まれる前と後の違いであり、要は社会における価値観の転換なのである。
ちなみに1.と2.の自殺率の急激な上昇が大体数年で戻っているのに対して、3.の場合はそれから10年以上に渡って高止まりの状態を維持した。
やがて2010年から徐々に自殺率は下降傾向に転じる。
第2次安部政権が誕生したからである。
金融緩和や財政出動によって円高デフレが緩和され失業率が低下したのが主な要因だとは思うが、グローバル経済が未だに世界の趨勢である事を鑑みると予断を許さない状況に変わりはない。

急激な社会環境の変化による価値観の転換が自殺率を上げる要因であることは、他の国を見てもよく分かる。
例えば現在も多くの旧ソ連諸国が自殺率が高い傾向を見せているのがその証拠ではないだろうか?
冷戦終結と共に始まった民主化への転換は、まさに価値観の転換である。
リトアニアなどは未だにそこから立ち上がれていない。

では同じように自殺率の高い韓国はどうだろうか?
私が思うに、韓国は日本の1.と3.が同時に実行された国である。
つまりグローバリゼーションによる高度経済成長である。
このダブルパンチによって韓国国民は日本以上に急激な環境変化に晒された。
韓国の自殺率は1990年代後半から恐ろしい2次曲線を描いて上昇することになるのである。
急激な環境変化と価値観の転換が、いかに人に悪影響を及ぼすかが良く分かる。

ローマ帝国以降グローバルな世界観を当たり前のように持っていた欧米諸国に比べ、日本と韓国はまだそのような環境をうまく受け入れられていない。
トランプ政権の誕生、イギリスのEU離脱などによって今後どのような世界になっていくのかは不明だが、
少なくとも政治や経済の目的が人の幸福の為にあるのならば、
富と共に自殺率も上昇していくなどという正の相関関係だけは止めてほしいものだ。

……と、ここまで主に経済による自殺率への影響を述べたが、実は自殺の要因で最も高い比率を示しているのは”健康不安”によるものである。
日本よりずっと経済力が弱く、失業率も高い国の自殺率が割と低かったりするのは、決して経済がその主要因ではないことを示している。
つまり自殺率とは健康問題の海であり、経済問題はその海面を上下する波のような物である。
経済で波を穏やかにする事はできるが、海自体を浅くしようとすれば健康問題を何とかしなければならない。

そこで私は奈良県に目をつけた。
奈良県は毎年自殺率が低く、常に日本最低レベルである。
(ちなみに奈良県の自殺率でもようやくフランスと並ぶ程度でドイツやイタリアには遠く及ばない)
奈良と他の県とでは一体何が異なるのか?
鹿か?大仏か?
いや違う。
色々調べてみると、47都道府県において奈良県は比較的
”アルコール販売量が少ない”
”貯蓄額が多い”
”宗教団体が多い”
という傾向がみられる。

奈良は京都と大阪のベッドタウンとしての役割も担っているので、酒は勤務地で飲むという傾向から”アルコール販売量が少ない”のかもしれない。
また”貯蓄額の多さ”もベッドタウンならではの特徴かもしれない。
なので私は最後の”宗教団体が多い”という傾向に注目した。
奈良についてもう少し調べてみると、奈良県は自殺を思いとどまった人の内、宗教によって救われたという人の割合が他県に比べて高いことが分かった。
奈良県は宗教団体数(10万対比)こそ全国6位だが、宗教団体の教師数(10万対比)では断トツに全国1位である。
奈良は宗教の地だったのである。
奈良で宗教と言えば、まず思い浮かぶのが天理教である。
昔同僚と天理ラーメンを食べに行ったときのことだ。
宗教=怪しい団体としか思っていなかった当時の私としては、その時に見た天理教総本山の建物が醸し出す雰囲気に胡散臭さしか感じなかった事を思い出す。
「あまり近づかないようにしよう」
当時の感想はこんなものだった。
今も天理教が何をしているのか詳しくは知らないが、これらの統計が示す結果に何らかの相関を持っていてもおかしくはない。
近年宗教や哲学は徐々に科学(心理学や物理学、天文学など)に同化してその存在価値を失いつつあるように思えるが、やっぱりその役割においては明確に異なる分野なのだと思う。
特に健康問題のように自分ではどうすることも出来ないことで将来に絶望したとき、宗教や哲学はそこで一旦踏みとどまれる何かを与えてくれるような気がする。

本来意味の無い人生に意味を見出すことが生きる事なのだとすれば、それを科学に求めても救われるとは思えない。
むしろ更に人生に意味を失ってしまうのではないだろうか?
宗教、哲学。
そういえばドイツは有名な哲学者を多く輩出しているし、イタリアにはローマカトリックがある。
ついでに哲学誕生の地ギリシャにおいて言うと、自殺率は日本の6分の1である。

今までさほど考えたことも無かったが、これらの統計に何らかの意味を見出すとするならば、宗教や哲学の役割というものを今一度考え直してみる価値があるのかもしれない。

……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。
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