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15km歩いて分かった「深遠」と「浅薄」。

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

今日、前の部署で一緒だったC先輩に誘われて外出した。
Cさんは約一ヶ月前にも私を気遣って河原町の散策に連れ出してくれた非常に後輩思いの優しい人である。
年は私より恐らく7,8才ほど上。
未婚でご両親も既に無く、おまけに親戚づきあいも途絶えかけているといういわゆる独居老人予備軍の一人である。
それゆえ孤独に対する危惧が半端なく強い。
休日は家に居るのが苦手で、とにかくどこか人のいる場所にでかけているらしい。
定年を迎えて行き場を失った時の事を考えると今から不安になるという。
そう考えると前の部署で私とそれほど親密ではなかったCさんが、今こうして私を気遣ってくれているのも或いはそういう孤独に対する危機感もあっての事かもしれない。

Cさんと私は今日、特に何の目的も持たずにただひたすら私の家の近所を散歩した。
散歩といってもそんじょそこらの生半可な散歩では無かった。
とにかく途中休憩なく三時間歩きっぱなし、距離にしてゆうに15km以上は歩いたと思う。
その間私たちは兎に角いろいろな事を話した。
会社の現状、人間関係、歴史、政治、桜巡り、とにかく思いつくままにしゃべりながら歩いた。
しゃべりながら私は、自分の意図することについてうまくしゃべれていない自分に気が付いて愕然とした。
やっぱり書くのと話すのでは使用する脳みその部位が少し違っているのだろうか?完全に退化している。
流石にネタも尽き、日も暮れようとしていたのを契機に私たちは夕食の為にある飲食店に入った。

2人で向かい合ってご飯を食べながら、Cさんが元気だったころの私について突然こんな事を言った。
「オペラ君ってよく後輩とか適当にからかって遊んでた印象があって、上手に周囲の環境に溶け込んでいるように自分には見えてた。
 僕はそんなキャラじゃなかったし、見ててすごく羨ましかったわ。
 せやから今こんな風になってるのがある意味信じられへん」
その時、私は自分が他人からこう見えていたことを知って驚きを隠せなかった。
確かにそう見えるように努力していた側面もあったかもしれない。
でもそれはあくまでも自分の居場所を”自分にとって居心地の良い場所”にするために作ったかりそめの自分であって、決して本質的な自分では無かったような気もする。
そう考えると、私が思う他人の姿もやはりかりそめの姿なのだろう?
「まさかあの人が!?」なんていう事件は枚挙にいとまがない。
Cさんは頭が良く物知りで、昔は仕事に行き詰った時なんかによく意見を聞かせてもらったこともあって、私からすればいわゆる尊敬できる先輩であった。
そのCさんでさえ他人のまとうかりそめの衣装のその下にまでは目が届かないのだ。
私はCさんとの会話で改めて人間の深遠さと同時に浅薄さを知った。

Cさんが別れ際にこんな事を言った。
「僕最近宴会には必ず出席するようにしてんねん。
 例えその場で一言もしゃべれなくてもとにかく出るようにしてる」
私からすると「嫌ならそんなに無理してまで出席する必要ないのに」と思うのだが、どうやら彼には彼の理屈があるようだ。
「慣れて済むんならとりあえず慣れるまでやってみようと思って。
 定年後の孤独を考えたら今のうちからもっと社会性を身に着けておかんとヤバいなと感じてんねん」
昔からCさんの事を知っている私にとってCさんのこの言葉は新鮮だった。
私の認識しているCさんは、何があっても常に動ぜず柳に風のような姿勢で飄々と生きているどこか達観した人間だった。
でもやっぱりそれもかりそめだったのだということをこの言葉を聞いて理解した。
やはり私は人間の深遠さと浅薄さを思わずにはいられなかった。

結局、他人は常に深遠で、自分は常に浅薄なのだ。
これは覚えておいた方が良い。
ありがとうCさん。
途中何故15kmも歩くことになったのか理解に苦しむ局面もあったが、最後にはなんか報われた様な気がする。
また歩きましょう。
……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。
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