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551:管理人のみ閲覧できます by on 2017/04/02 at 13:19:24

このコメントは管理人のみ閲覧できます

552:Re: タイトルなし by オペラ on 2017/04/03 at 01:59:48

> コメント有難うございます。
妹さんの件について全くの部外者である私が見解を述べることは差し控えたいと存じますが、曽野綾子さんのエッセイで最近こんな言葉を知りました。
「愛とは忍び(深く包み受け入れる)、信じ、望み、耐えることである」
聖書の一節らしいのですが、愛という一見美しい字面の本質が、何と過酷なものであるかを物語っていると思います。
誰でもできることではなく、またそうであるからこそ尊いのだと思いました。

カトリックの”愛”は儒教でいう所の”仁”に該当すると思います。
仁を語る論語に「恕」(じょ)という言葉が使われています。
これは”ゆるす”とか”思いやる”という意味ですが、必ずしも他者に対して用いるものではなく、むしろまずは自分に対して用いる言葉のようです。
これを踏まえて前出の曽野さんの言葉を私なりに考えてみると、すっと腑に落ちた気がしました。
これもまた自分自身に対する姿勢も含んでいるのだろうと思えたからです。
他者への愛を抱き続けられるよう、まずは自分自身を許そう。
自分の為だけではなく愛を必要とする他者の為にも自分を信じ、そんな自分を積極的に許そう。
昔の偉い人がそう考え、それが現在にも残っているのですから多分この方向性は間違っていないような気がします。
以上、私が最近感銘を受けた言葉の紹介でした(あまり深く考えないでください)。

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Operaベルニーニ、癒しを求めて京都府立植物園まで。

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

ここ最近割とひいきにしてあげているベルニーニ。
前日に特に必要も無いのにハンドルの角度やサドル高の微調整、はては後輪ハブの玉当たりなどにまで手を出し、暫く経てばまた飽きて放置なんだろうなあと自分で何となく理解はしているものの、調整後はやっぱり乗りたくなるというローディーの性には抗えず、私はただベルニーニの為に必死になって目的地探しに勤しんだのでした。

「神社仏閣はもう辟易だ。
 祈ることなど何も無い。
 御利益なんぞもありゃしない。
 最近受けた暴走おじいさんの玉砕攻撃(テロとも言う)がそれを如実に物語っているじゃないか。
 今はもうただ癒されたい。
 傷ついた愛車の為にも」

とまあ若干投げやりでシニカルな私が、散々ひねくれた末にひねり出した行先は京都府立植物園でした。
多分癒される。
ここで無理ならあとは天国にでも行くしかない。
そんな思いを胸に抱き、私は遠い目をしながら全裸になりました。

出発しました。
この日はとても寒かったのですが私は絶好調でした。
途中、安倍清明を祀る清明神社に出くわしました。
IMG_2803.jpg
前述したように今回神社仏閣は私の予定には全く存在しなかったのですが、ここは神社といってもどこか微妙な立ち位置なので取りあえず写真だけ撮りました。

京都を東に進むにつれて比叡山が迫ってきました。
うっすらと雪化粧されていました。
寒い訳です。
IMG_2805.jpg

北山通りと北大路通りを間違えるという致命的なミスを犯した私は、必要も無いのに5kmほど余計に走る事になりました。
小雨が降り始めました。
私は自分の土地感覚に呪詛の言葉を投げかけながら、東に向かって出発したにもかかわらず到着は何故か西からという屈辱にまみれて府立植物園に到着しました。
入場口を抜けてすぐに美しいフラワーオブジェクトが目に入りました。
IMG_2806.jpg
その後すぐに私は後悔の念に駆られることになりました。
「めぼしい花が何も咲いていない。
 虫の気配さえ感じない。
 そうか、冬か。
 そもそも何を見に来たんだ俺は」

目の前には松とかクヌギとかヒノキとかの林が遠く広がっているのみでした。
「季節を間違えてクヌギを登ってるアホなカブトムシとかいないのか?」
一応調べてみましたがそんなカブトムシがいるはずもありません。
アホはどっちだ?という事でその場は納得しました。

バラ園を通りがかりました。
ほとんど咲いていませんでしたが、どうやら中にはこの季節に咲くバラもあるようでした。
虫もいないのにこの寒い中咲いている奇特なバラをいくつか写真に収めました。
IMG_2807.jpg

IMG_2808.jpg

IMG_2809.jpg

IMG_2810.jpg
その後特に観るものも無く、かじかむ指をさすりながら歩いていると雨の勢いが若干増してきました。
「やばいな、これは。
 最悪とは言わないが、少なくとも癒されているとはいえない」

そんな私の遥か前方にやがてガラス張りの建物が見えてきました。
「温室ジャマイカ。
 ここなら温かそうだし、なんぞ目ぼしいものも見られるんじゃないだろうか?」
別途入場料が必要でしたが、この状態ですごすご帰る訳にも行かず、私は200円でチケットを購入しました。
IMG_2814.jpg
まずは熱帯エリアからでした。
一瞬でカメラが結露しました。
もう全く何も写りません。
いくらレンズを拭いてもその瞬間からまた曇り始めます。
もちろんそんな状態で構えてもピントが合うはずもありません。
一応がんばって撮った写真がこれです。
IMG_2816.jpg
曇っている以前に昔ウルトラマンに出てた怪獣のようなその物体は一体何なんだ?という疑問が拭えませんが、恐らく植物です。
その後しばらくカメラは使い物になりませんでした。
何故か乾燥地帯の巨大サボテンエリアでも結露は解消しませんでした。

温室内は想像以上に広大でした。
いくつかのエリアに分かれていて、それぞれが異なった気候を再現していました。
エリアごとの植生の違いがとても刺激的でした。

高山植物エリアでようやく結露が解消しました。
全く知りませんが、ネームプレートからアネモネ的な花だと分かります。
IMG_2822.jpg

最後に確か蘭のエリアだったような気がするのですが、蘭かどうかはともかく実に色とりどりな花が大量に咲いているエリアに誘われました。
まず咲いているのか咲いていないのか私には判断できない花からです。
IMG_2823.jpg
これは綺麗に咲いています。
ここで一つ思ったのですが、室内には虫も、もちろん小鳥も全くいませんでした。
この花たちはアピールする対象を失っているのです。
そう思うと何故か不憫に思えてなりませんでした。
IMG_2824.jpg
受粉も含め、これらの植物の手入れはさぞかし大変だろうなと思いました。
それを考えると200円は安いのではないでしょうか?
IMG_2825.jpg
室内にはベンチに腰掛け、ひざ元にイーゼルを置いて写生をする方々が散見されました。
綺麗な花はそこらじゅうに観られるし、もちろん気温も湿度も外に比べると格段に好条件なので、200円で一日居られると思うとここはやっぱり割安です。
IMG_2826.jpg

IMG_2827.jpg
派手さもここまで来るともうお祭り騒ぎです。
多分蘭の一種なのでしょう。
IMG_2828.jpg
このような環境に長くいると色感がおかしくなるのでしょうか、
果たしてこの花は綺麗なのか毒々しいのか自分でも分からなくなってきました。
IMG_2829.jpg
今回一番心に残った花です。もちろん名前は知りませんが。
桃色のような紅色のような橙色のような、とにかく実生活ではまずお目にかかれない不思議な色が印象的でした。
IMG_2830.jpg
これは鳥を模した飴細工にしか見えませんでした。
実に美味しそうです。
多分虫も小鳥も今の私と同じような感覚で花に近づいていくのだろうと思いました。
IMG_2831.jpg
温室を抜けると雨はあがっていました。
温室を除く園内においては、梅園だけがこの世を謳歌しているように思えました。
IMG_2832.jpg

IMG_2833.jpg
最後に出口近辺でいかにも夜に光っていそうな花を見つけました。
マジで電球がぴったりと収まりそうです。
IMG_2836.jpg

帰りは絶好調でした。
バイクがまるで自分の手足の一部になったかのような感覚、いや多分錯覚を覚えました。
無駄な力が一切排除され、自分の全てがただペダルにのみ集約されていくこの恍惚感。
IMG_2837.jpg
癒されたのではないだろうか?
いや、癒されたに違いない。
「温室があって良かった。
 危うくえらい災厄に遭遇するところだった。
 今度からはもうちょっと目的地の事を調べてから行く事にしよう」
また一歩成長した私です。
……続く。

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551:管理人のみ閲覧できます by on 2017/04/02 at 13:19:24

このコメントは管理人のみ閲覧できます

552:Re: タイトルなし by オペラ on 2017/04/03 at 01:59:48

> コメント有難うございます。
妹さんの件について全くの部外者である私が見解を述べることは差し控えたいと存じますが、曽野綾子さんのエッセイで最近こんな言葉を知りました。
「愛とは忍び(深く包み受け入れる)、信じ、望み、耐えることである」
聖書の一節らしいのですが、愛という一見美しい字面の本質が、何と過酷なものであるかを物語っていると思います。
誰でもできることではなく、またそうであるからこそ尊いのだと思いました。

カトリックの”愛”は儒教でいう所の”仁”に該当すると思います。
仁を語る論語に「恕」(じょ)という言葉が使われています。
これは”ゆるす”とか”思いやる”という意味ですが、必ずしも他者に対して用いるものではなく、むしろまずは自分に対して用いる言葉のようです。
これを踏まえて前出の曽野さんの言葉を私なりに考えてみると、すっと腑に落ちた気がしました。
これもまた自分自身に対する姿勢も含んでいるのだろうと思えたからです。
他者への愛を抱き続けられるよう、まずは自分自身を許そう。
自分の為だけではなく愛を必要とする他者の為にも自分を信じ、そんな自分を積極的に許そう。
昔の偉い人がそう考え、それが現在にも残っているのですから多分この方向性は間違っていないような気がします。
以上、私が最近感銘を受けた言葉の紹介でした(あまり深く考えないでください)。

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