金閣。

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皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

「ぐわっ、目が、目があぁぁぁ」
眩しくて潰れるかと思った。

私には金閣は日の光を反射して輝いているのではなく、金閣それ自体が光を発しているように見えた。

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天候的にも時間的にも、その日は拝観には最高だった気がする。

金閣寺にはこれまで何度か足を運んでいる私が、なぜ再び訪れたのか、それにはとてもとても浅い理由がある。

三島由紀夫の名著『金閣寺』。
それを読んだ、ただそれだけの事だ。

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金閣は、一階が寝殿造り、二階が武家(書院)造り、そして三階が中国風の禅宗仏閣造りの建築となっており、その頂きには鳳凰が配されている。

そして平安建築である一階の寝殿造りの前庭には、その様式に合わせて中島を配した鏡湖池が広がっている。

つまり金閣は、世界観をあらわすその庭園にふさわしい一階までの平安様式に、その世界観に反する異質の鎌倉様式の二階と中国先進様式の三階を加えることで、全体としては異形の建築様式をとっているのだ。

そう考えると、何故金箔が一階には無く、二階以上にのみ奢られているのかという疑問も解決するような気がしてくる。

ちなみに頂きの鳳凰は、蛇、鶏、亀などの一部を組み合わせて創られた想像上の生き物。

これもまた金閣の建築思想に妙に符合する取り合わせである。

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純和風の日本庭園の中に、金色に輝く建築物。

普通に考えると、人に多大な違和を覚えさせるはずのこの景観。

しかし私は、何故かそこにある種の調和を感じる。
この感覚は一体何なのだろう。

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思うに、それは金閣がそれ自体異形の建築物であるということが影響しているのではないだろうか。

庭園との不調和を、金閣は自身の異形性、つまり不調和によって、逆に調和へと転じているのだ。

ちなみに金閣を裏から見ると。

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各階の建築様式の違いがよく分かる。

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三階の丸みを帯びた窓などは明らかに中国の建築様式を取り入れている。

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三島由紀夫著『金閣寺』で、金閣のことをこんな風に表現している部分がある(オペラ解釈)。

「外観は唯一無二の完全なる美、しかしその内はただ伽藍堂で、深く重い闇だけが潜んでいる」
外観の華美な黄金装飾は、内に秘めた暗く醜い欲望の裏返しなのだ。

「鳳凰は空間を飛んでいるのではなく、時間の中を飛翔しているのだ」
鳳凰は、平安鎌倉そして未来永劫、時代を超えて脈々と続く権力そのものを象徴しているのだ。

鏡湖池に滴る光の粒は金閣が発する輝きであり、その輝きは金閣が内包する永遠の闇によって無限に生み出される。
これはまさに矛盾そのものであり、それが金閣の神髄、異形の調和なのだ。

とにかく金閣とは、当時の権力者である足利義満が、公家文化から武家文化、更に外国(中国)の先進文化に至るまで、この世のあらゆる事物の上に君臨する事を広く世に知らしめ、末代に渡って己が治世が連綿と続くよう願いを込めた建築物なのだ。

私は、金閣を描いた小説や金閣にまつわる歴史を頭に中に描いてその前に立った時、これまでとは違う金閣がそこに見えたような気がした。
……のは気のせいだろうか?

……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。

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