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452: by さかずー on 2015/01/10 at 09:43:51

自分で自分を誉めたり肯定したりすることは
鬱であろうがなかろうが
難しいことですよね。

だから人との関わりが大事なのかな?
今はそう思っています。

あの人が名前を呼んでくれた
あの人が自分のこと見ていてくれた
ちょっとだけその言葉に甘えさせてもらった

人と関わることは怖いです。
ただその先に少しでもプラスの気持ちを与えてくれる人がいるなら
オペラさん、あなたの周りは必ずしも悪い環境だけではないんですね。

そんな素敵な言葉をくれる人がいるから。

453:Re: タイトルなし by オペラ on 2015/01/10 at 10:50:48

> さかずーさん。
コメントあざっす。

私が置かれている環境、特に人間関係に置いては以前に比べ良くなっていると思います。
なので、今は私がそれにどう関わっていけるかというのが問題です。
そこには”うつ”を乗り越えていける自分の強さ或いは人間的成長というものも必要でしょうし、更には周囲の理解も必要になってくると思います。、
これまでの社会から一歩引いた生活をしていた頃にも薄々は感じていましたが、やはり人は人間社会でしか人として生きることが出来ない事を改めて確信しつつあります。
恐いですが、その分見返り(成長や喜び)もある事は確かなようです。
どこまで苦しめば見返りの方が多く享受できるようになるのか分かりませんが、とにかくここで生きるしかないという一種の諦観にも似た心境を今は持っています。
もし私がもう少し人間的に成長し、自分に余裕を持つことが出来れば、今度は他人を理解し助けてあげられるような気がします。
そうなれば自分の人生に新たな喜びが増えていくような気がします。

454: by atabatzz on 2015/01/10 at 13:48:50

いつも読ませて頂いております。

私自身はそうした経験はないのですが、
兄が会社でうつになり、しばらく休んだ後
寛解したのを見ていました。

また友人、教え子(講師をしていました)にも
うつに苦しむ人がおりました。

皆、繊細で、様々な事の意味と向き合い、
芸術を理解する心をもつ優しい人です。
(私は、音楽家です)

オペラさんも、とても賢い方だと思います。
でも世の中は「考えない・感じない」人で満ちています。
この泥沼の世界を生きる適性は、我々にはあまりないのかも
知れませんが、どうかご自分を卑下なされませんように。

私を含め、ちゃんとその良さを認め、見守る人間も
いるのだということを、
どうか心の片隅に置いておいて下さい。

これから良き日が訪れますように!



455:Re: タイトルなし by オペラ on 2015/01/10 at 15:49:30

> atabatzzさん
コメントあざっす。

atabatzzさんはこれまで色々な経験をされているようですね。
そして様々な人間を見てきているようです。
atabatzzさんは音楽家ですか。
私は手に職を持って、それに高い誇りと深い造詣を抱いて生きている方に強い尊敬と憧れの念を覚えます。

> ちゃんとその良さを認め、見守る人間もいる

この言葉、昔はあまり信じられなかったのですが、ようやく最近理解できつつあります。
昔信じられなかったのは、自分自身が慢心に満ちており、他人を観るような余裕も興味もなかったので、人間の定義を一意的にしかできなかったからだと思います。
最近も余裕が無い事は変わりませんが、ここ最近受けた様々な温情や支援などにより、違う角度から社会の成り立ちを俯瞰して見ることが出来たのは私にとってとても大きな意味がありました。

そういえば休職当初、母にこんな事を言われました。
「捨てる神あれば拾う神あり」
今拾ってくれた部長さんは、まさに昔私が仕事で一生懸命動いているのを見てくれていた人です。
なのでこの言葉の意味を実体験をもって理解できました^^。

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見えていなかった自分、気付いてやれなかった自分。

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

新年あけてからのこの一週間、途中何度も挫折しそうになりながらも何とか乗り切れたみたいです。
今振り返ってみても(振り返りたくありませんが)とても長く苦しい一週間でした。

ということで、今日も朝目覚ましが鳴ってから出社までのくだりは――いつもと同じということで――カットです。

今日は定期的に行われる復職後診断の日でした。
私はこの一週間の苦悩を、恐怖を、とてもブログだけでは吐露しきれないほど心にたまった葛藤を全て産業医の先生にぶちまけようと目論んでいました。
とりあえず世界で自分しか分からないこの苦しみを、ほんの少しでも理解できそうな誰かに聞いてもらいたかったのです。
そしてこのまま悩みを一人で抱え込んだまま、平静を装って診断を受けるのは無理そうな気もしていました。

なので、新年明け初日の朝の苦しみから始まって、帰宅後のとてつもない疲労感、更には就業中の不安、恐怖、もどかしさ、抑うつ感など、およそ感じたこと全てを話しました。

そして、ダメになってしまっている自分を徹底的に表現しました。
未来に全く光を感じられないことも。

とにかく、今私はこういう状態なんだという事を必死で訴えていたように思います。

産業医:
 「うん、そうそう、新年あけ初日は世界中みんな会社行くのが嫌ですよねぇ。
 分かります、その気持ち
 私もそうでしたもん」


(なんか軽く受け流されているような気がする。
 気のせいか?)


そして、このような温度差を感じずにはいられないような会話がその後しばらく続きました。

数十分後。

産業医:
 「でもオペラさん。
 オペラさんはもっと自分を肯定していいと思いますよ。
 他の復職者は初日来れなかった人が結構いましたよ。
 そして初日来れた人の中にも次の日調子が悪くなって来れなかった人がいます。
 オペラさんは辛いながらも結局折れずに一週間乗り切ることが出来ました。
 強いと思います。
 
とても頑張っていると思います。
 もっと自分を褒めてあげてください」


思わず泣きそうになりました。

思えばこの数年間、私は人から褒めてもらえることなんて皆無でした。
そしてなにしろ最も自分を蔑んでいたのは自分だったように思います。

私は必死に頑張っている自分に対し、それを徹底的に卑下し、努力を認めず、無視し、貶めていたように思います。

産業医の先生からの言葉でそれに気づいた瞬間、私は自分自身がとても可哀想に、そして不憫に思えて仕方がありませんでした。

この世で唯一自分を無条件に肯定し、慰めてあげられる存在であるはずの私自身が、かくも冷酷に、これほどまでに非情に、まるで憎悪の対象であるかのように自分に接していたのです。

(そうか……
 褒めても良かったんだ、自分を)


帰りの道中、何故か涙が溢れそうになりました。
こんなに身近にいて、その辛さや葛藤や頑張りを一番分かってあげられるはずだった自分に完全に無視されていた自分。
自分に認めてもらえず、孤独に頑張って耐えるしかなかった自分。
これほど残酷な事はありません。

(健気に頑張ってたんだな、お前。
 まったく理解してなかった。
 少しくらい認めてやっても良かったんだ、自分を)



それからほんの少しですが、気持ちが前向きになりました。
心が軽くなりました。

そして、これまで出来なかった考え方を知りました。

(この産業医の先生。
 最初軽いノリで不信感が半端なかったけど、いい事いうなぁ。
 さすが先生だ。
 そういえば俺の掛かりつけの心療内科の先生。
 かなり長い付き合いだけど、弱った心に響くような気の利いたセリフ一度も聞いたことないな。
 どうなってるんだ?
 産業医に今日言われた事教えてやろうかな?)



とりあえず、昨日まで想定していた暗く澱んだ3連休にほんの少し光明が差したような気がしました。


……続く。 


最後まで読んで頂き、感謝、感激です。 

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452: by さかずー on 2015/01/10 at 09:43:51

自分で自分を誉めたり肯定したりすることは
鬱であろうがなかろうが
難しいことですよね。

だから人との関わりが大事なのかな?
今はそう思っています。

あの人が名前を呼んでくれた
あの人が自分のこと見ていてくれた
ちょっとだけその言葉に甘えさせてもらった

人と関わることは怖いです。
ただその先に少しでもプラスの気持ちを与えてくれる人がいるなら
オペラさん、あなたの周りは必ずしも悪い環境だけではないんですね。

そんな素敵な言葉をくれる人がいるから。

453:Re: タイトルなし by オペラ on 2015/01/10 at 10:50:48

> さかずーさん。
コメントあざっす。

私が置かれている環境、特に人間関係に置いては以前に比べ良くなっていると思います。
なので、今は私がそれにどう関わっていけるかというのが問題です。
そこには”うつ”を乗り越えていける自分の強さ或いは人間的成長というものも必要でしょうし、更には周囲の理解も必要になってくると思います。、
これまでの社会から一歩引いた生活をしていた頃にも薄々は感じていましたが、やはり人は人間社会でしか人として生きることが出来ない事を改めて確信しつつあります。
恐いですが、その分見返り(成長や喜び)もある事は確かなようです。
どこまで苦しめば見返りの方が多く享受できるようになるのか分かりませんが、とにかくここで生きるしかないという一種の諦観にも似た心境を今は持っています。
もし私がもう少し人間的に成長し、自分に余裕を持つことが出来れば、今度は他人を理解し助けてあげられるような気がします。
そうなれば自分の人生に新たな喜びが増えていくような気がします。

454: by atabatzz on 2015/01/10 at 13:48:50

いつも読ませて頂いております。

私自身はそうした経験はないのですが、
兄が会社でうつになり、しばらく休んだ後
寛解したのを見ていました。

また友人、教え子(講師をしていました)にも
うつに苦しむ人がおりました。

皆、繊細で、様々な事の意味と向き合い、
芸術を理解する心をもつ優しい人です。
(私は、音楽家です)

オペラさんも、とても賢い方だと思います。
でも世の中は「考えない・感じない」人で満ちています。
この泥沼の世界を生きる適性は、我々にはあまりないのかも
知れませんが、どうかご自分を卑下なされませんように。

私を含め、ちゃんとその良さを認め、見守る人間も
いるのだということを、
どうか心の片隅に置いておいて下さい。

これから良き日が訪れますように!



455:Re: タイトルなし by オペラ on 2015/01/10 at 15:49:30

> atabatzzさん
コメントあざっす。

atabatzzさんはこれまで色々な経験をされているようですね。
そして様々な人間を見てきているようです。
atabatzzさんは音楽家ですか。
私は手に職を持って、それに高い誇りと深い造詣を抱いて生きている方に強い尊敬と憧れの念を覚えます。

> ちゃんとその良さを認め、見守る人間もいる

この言葉、昔はあまり信じられなかったのですが、ようやく最近理解できつつあります。
昔信じられなかったのは、自分自身が慢心に満ちており、他人を観るような余裕も興味もなかったので、人間の定義を一意的にしかできなかったからだと思います。
最近も余裕が無い事は変わりませんが、ここ最近受けた様々な温情や支援などにより、違う角度から社会の成り立ちを俯瞰して見ることが出来たのは私にとってとても大きな意味がありました。

そういえば休職当初、母にこんな事を言われました。
「捨てる神あれば拾う神あり」
今拾ってくれた部長さんは、まさに昔私が仕事で一生懸命動いているのを見てくれていた人です。
なのでこの言葉の意味を実体験をもって理解できました^^。

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