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抗えない自分

皆さん、どもども。

うつボッチオペラです。

健全な心身の獲得のため、私はここ最近なんとかかんとかモチベーションを維持して継続している体力づくりの最中にふと考えた。

獲得の為には実施が必要であり、そして獲得したものを維持するためには継続が必要なのだ。

身体については直接目に触れたり数値で把握したりする機会があるので比較的分かりやすい。

しかし心を含む頭の中についてはどうなのだろう?

確かに映画鑑賞や音楽鑑賞、それに読書などで主に右脳については今まで以上に刺激を与えているような気がするのだが、複雑な計算や論理的な思考、更には社会生活を営む上で必要な勘所などについては、もしかすると劣化の一途を辿っているのかもしれない。

仕事でもない限り、難解な事案を好き好んで考えあぐねる人は哲学者でもない限り少数派だろうし、少なくとも私はその他多数派に属していると認識している。

脳の劣化がどのくらいの速度で進むのかは知るところではないが、ここ数ヶ月ほとんど何もしていない私にとって1つ確実に言える事は、当時に対して向上はありえないということだ。

私はその事に対し少なからず危機を感じて、頭を――それも主に左脳を――使って何か熟考する事案を探してみるのだが、無為に日々を送り続ける今の私にそのように都合の良いイベントが発生するはずもないのだった。

自発的に、半ば強制的に脳をそのモードに持っていこうとしても、これがやってみると至難の技であり、暫らくするとまるでダムが決壊したかのように思考は水泡に帰す事になるのである。

しかし夜寝る為に布団に入ると、望んでもいないのに、これもまるで水泡のように思考の底から勝手に様々な事案が浮かび上がってくるのである。

自発的に思考しようと思うと阻害され、習慣的に思考を停止しようと思うと逆に促進されてしまう。

自分の体であるはずなのに、何故にこうも思い通りにならないのか?

人間が認識している意識の裏に、人間が認識できない無意識というものが存在する。

それは意識から零れ落ちた想念を一時保管しておくバッファーのような役割を担っているのかもしれない。

或いはそれは自己保全のための緩衝材としての役割を担っているのかもしれない。

つまり人間は、コントロールが比較的容易な意識とコントロール不能な無意識により思考が成立しており、それが時に本人の意に介さない不可解な感情となって顕れたりするのだろう。

一見すると人間は自らの自由意思により自発的に決断し歩いているように見えるものであるが、ともすればそれさえもDNAに刻まれた本能によるところが未だに大きいのかもしれない。

長い目でみると現在も進化の途上にあるとされる人間が、この先更に脳内における意識が占める割合を増大させたとして、もはや無意識と言う緩衝材に頼る事の出来ない生物となったとき、果たして人はその苦しみに耐えられるものなのだろうか?

それは生物として目指す進化のあるべき形なのだろうか?

とまあ、ここまで考えてこれ以上はおよそ一個人の心配事ではないということに気付き、私は速やかに思考を止めたのであった。

あぁ、暇だとろくな事を考えない。

根本的に思考の志向がネガティブに向いているのだ。

なるたけ暇は作らないように心がけないと。


……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。
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