プロフィール

オペラ

Author:オペラ

※所有バイク
Look595
Operaベルニーニ
ルイガノXC-Race

愛車Look595

最新記事

最新コメント

カテゴリ

おすすめ(ロードバイク)











おすすめ(本)













ブログ村このブログの記事

RSS

阪急が止まって感じる孤独と孤立。

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

素晴らしい好天に恵まれた今日、私は阪急電車に乗って嵐山を目指していました。
このような日に外出したくなるのは春の陽気のせいもあるのでしょうが、同時に社会からの同調圧力というものも深く関与しているような気がします。
恐らく世間の大体数の人はこのような日には外に出て太陽の恩恵に与かっているのだろう、ならば自分も。
何故かそうしないと損をしているような、或いはそうすることで社会と歩調を合わせて正しく生きているような、そんな気がして私は半ば追い立てられるようにして玄関を飛び出したのです。

桂駅で乗り換えの為にホームで暫く待っていると突然アナウンスが流れてきました。
『現在上桂駅の信号設備の調査中です。嵐山行きのお客様は暫くお待ちください』

「最近事故が多いな。この前もJRで待たされた記憶がある」

それから15分くらい経って今度はこんなアナウンスが流れてきました。
『嵐山線でお待ちのお客様にはJR線での振り替え輸送にて対応させて頂きます』

「おいっ!」

同調圧力によって辛うじて外出しているその時の私には、ここから烏丸まで行って地下鉄に乗り換え、JR京都駅から再び嵐山を目指すなどという労力を追加で支払う余力は残っていませんでした。

「どうしよう??」

人々が互いに愚痴を言い合いながらそれぞれ行動を開始する中、私は一人茫然とその場に立ちつくしていました。
それはまさしく集団の中における孤独、すなわち孤立というものでした。

「そうか、部屋で一人孤独を感じて世間の同調圧力に屈したのはいいが、それにうまく同調できないと今度は孤立を感じることになるのか」

孤独と孤立。
どちらも孤ですが、前者は社会の外で感じる孤なのに対し、後者は社会の中で感じる孤です。
人間は一人でいようが集団のなかにいようが、結局は社会から自分を切り離してものを考える事が出来ない生き物のようです。
常に基準は社会です。
そんな社会からの同調圧力に屈して個性を犠牲にしつつ、そのぶん本能的な安心感を享受しているのです。
なのでうまく同調できないと不安になります。
しかしそんな不安を恐れて最初から同調を拒否していると今度は孤独による不安に苛まれます。

「結局どっちもつらいな」

私はこの時ある二つの小説を想い出しました。
一つは社会から隔絶された孤独を描くドストエフスキーの『地下室の手記』。
もう一つは社会の中における孤立を描いたトルストイの『イワン・イリッチの死』。

さて最終的に主人公が救われたのは一体どっちの小説でしょうか?

駅構内で同調するものを失い茫然と立ち尽くすしかなかった私は、そのまま駅を降りたのでした。
……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。
よろしければポチッとお願いします。 



ブログランキング・にほんブログ村へ



拍手、コメント、それだけが励みです。
   ↓↓
関連記事
スポンサーサイト

Operaベルニーニ、桜を求めて半木の道、上賀茂神社、仁和寺へ――その3。

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

上賀茂神社を後にして観光客で賑わう金閣寺の前を素通りし、きぬかけの道のUpDownを軽快に乗りこなし、気が付いたら仁和寺だった。
振り返ればこの日は半木の道から始まる花見のはしごだった。
そしてここがこの日の最後、世界文化遺産の仁和寺である。
二王門をくぐり抜けたところで一枚。

IMG_3292.jpg

境内は意外と大きい。
目指すは中門を入ってすぐ左側の御室(おむろ)桜の花園だ。

IMG_3295.jpg

御室桜が満開となって京都の桜はその季節を終える。
そういう意味において私は御室桜に寂寥の感を禁じ得ない。
あぁ、私を残して季節がまた去っていく。

私は奥に見える中門の下を観覧料500円を支払ってくぐった。

IMG_3293.jpg

そして御室桜観覧の入り口に立った。

IMG_3296.jpg

まるで雪のトンネルをくぐっているようだ。
既に大渋滞である。

IMG_3298.jpg

御室桜の特徴としては、比較的背が低く枝が幹の根元から延びている事と、そこに純白の美しい花をたくさん咲かすことである。
一説によると土壌の養分が足りないことが原因で丈が伸びず、花に色がつかないのだそうだが、もし本当なら御室桜はまさに清貧の桜ではあるまいか。
紅色の巨大な枝垂桜は豪華絢爛というイメージだが、純白で小ぶりな御室桜は清廉潔白というイメージが強い。
それぞれの桜がそれぞれの居場所で自己主張している。
まさに咲き誇っているのだ。

IMG_3299.jpg

白の小路を人の流れに乗って進んだ。

IMG_3300.jpg

「仁和寺や 足もとよりぞ 花の雲」 by 春泥
やがて現れる五重塔によって、花の雲の意味が分かる。
これ以外にも昔の人は御室桜で多くの歌を詠んでいる。

IMG_3301.jpg

IMG_3302.jpg

雲の中を進む行列、そして雲の上からそれを見下ろす五重塔。
それはそれとして身動きが取れない。
とにかく渋滞である。

IMG_3304.jpg

IMG_3307.jpg

IMG_3308.jpg

人の群れを外すと、春泥が”花の雲”と表現した意味が何となく理解できる。

IMG_3309.jpg

IMG_3311.jpg

そして感動のまま御室桜の花園を出た。
渋滞の中に居たおかげでかなり時間を要した。
しかしこれまで観てきた桜とは全く異なった趣の中に長く浸っていられたのは良かった。

その後、私は五重塔の方へ足を延ばした。
見下ろす枝垂桜とその両隣で見上げるミツバツツジ。
何かお互いに見つめ合っているようだ。

IMG_3313.jpg

奥にそびえる五重塔。
花の雲に浮いているように見えたのだが、やっぱり大地にしっかりと根を下ろしていた。

IMG_3314.jpg

五重塔を過ぎ、最深部に金堂が見えた。

IMG_3316.jpg

金堂を一回りした後、私は復路へ就いた。
そして再び会いまみえる御室桜。
よく見るとそれぞれの配置が実に緻密に計算されている。
素晴らしい。

IMG_3320.jpg

そして私は仁和寺を後にした。
最後は二王門をバックに多少無理を感じる一枚。

IMG_3322.jpg

「さて帰ろうか」
どうやらこれで私の今年の桜探訪記は終わりとなりそうだ。
(じつはまた後日、更に2、3個所に赴いているのだが)

しかしベルニーニはよく働いてくれた。
一時こいつの存在理由は?などと訝ったこともあったのだが、今となっては当時なぜそんなことを考えたのか理解に苦しむ。
今日チェーンその他を綺麗にクリーニングしてオイルをたっぷり塗布してあげるから許してほしい。

そしてありがとう、ベルニーニ。
お蔭で一昨日は疲労のせいか口内炎はできるし体中軽い筋肉痛だし、とにかく疲れさせてもらった。
こういうまっとうな疲れは意外と心地いいものだ。

それではまた会う日まで。
……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。
よろしければポチッとお願いします。 



ブログランキング・にほんブログ村へ



拍手、コメント、それだけが励みです。
   ↓↓
関連記事

Operaベルニーニ、桜を求めて半木の道、上賀茂神社、仁和寺へ――その2。

皆さん、どもども。
うつを背負って人生ヒルクライム中のオペラです。

半木の道を後にした私は、ベルニーニで上賀茂神社を目指すべく北上した。
なぜか府立植物園の敷地内から脱出するのに手間を要したが、まあ想定内である。
そのような事態さえも楽しむ(但し体力のあるうちに限る)。
これこそサイクリング道ではないだろうか?

適度な運動をすると血の巡りが良くなる。
血の巡りが良くなると頭が「正常に」働き始める。
「正常に」というのは、考えるべき事とそうではない事を頭の中で自然に振り分けられている事だ。
本能と理性がお互いにうまくバランスをとりあっている状態である。
なので問いに対して最短距離で解にたどり着く。
血が巡っている自分とそうでは無い自分、いったいどちらが本当の自分なのかは分からないが、
平素からこのような思考でいられれば、さぞかし前向きに生きられるだろうと思う。
恐らく世の聖賢は敢えて運動などしなくとも普段からこのような頭(心)の状態を保っていられるのだろうが、
そうではない我々普通の人間は適度に運動をして適宜頭(心)のバランスをとる必要があるのだろう。
血を巡らすのは大事な事なのだ。

当時このような事を考えながら走っていたかどうかは今となっては定かではないが、
そうこうするうちに上賀茂神社到着である。

どうやら式年遷宮らしい。
そういえば以前ここを訪れた時、寄付金が不足して色々大変だという説明を受けたことがある。
世界文化遺産といえどもその存続には何かと苦労を伴うものなのだ。

IMG_3276.jpg

正式名称、賀茂分雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)の境内案内図である。
 
IMG_3284.jpg

ここも桜は花盛りを迎えていた。

IMG_3277.jpg

IMG_3279.jpg

斎王桜。
斎王とは、伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王のことを指している。
ちなみにこの神社で毎年催される葵祭においては、斎王役(斎王代)が毎回民間の未婚女性から選ばれている。
この桜はそのような清らかで崇高な女性のイメージを有している(らしい)。

IMG_3280.jpg

そして風流桜。
同じく葵祭の風流傘を模している。

IMG_3282.jpg

そしてこの外人は一体誰だ?
(モデルみたいだから多分顔を出してもOKだろう)

IMG_3281.jpg

30人はいると思われるカメラ小僧を前にして、桜をバックにポーズを決めていた。
前を向いたり後ろを向いたり、いちいちポーズがこなれていた。
プロのモデルのように思えるのだが、この人が誰なのか私は知らない。
周囲に「誰?誰?」という声が聞こえたが、ついぞその問いに答えられるものはいなかった。
一つ興味深い事実がある。
先にカメラ小僧と表現したが、実はその9割は老人(男)である。
恐ろしい光景だった。
神社で一体なにをやっているのか?
高齢化社会の新しい潮流である。

そんな俗事が行われている奥には神馬の厩舎があった。

IMG_3283.jpg

注意書きには”お静かに”と明示されていた。
私がここで気になったのは、注意書きの一番右「神馬に話しかけないでください」だった。
話しかける奴がいるのだろうか?
話しかけた場合何か答えてくれるのだろうか?

左端の注意書きからやっぱりニンジン好きなのだろうと思われる神馬に心の中で別れを告げ、私は本殿の方に向かった。
雰囲気が徐々に静謐さを帯びてきた。

IMG_3285.jpg

IMG_3288.jpg

本殿。

IMG_3286.jpg

細殿では結婚式が執り行われていた。

IMG_3289.jpg

結婚に幸せいっぱいの若人、
そして謎の外人モデルに幸せいっぱいの老人、
さらにそれらを傍観して幸せの分け前に与かろうとする私。

「このまま帰るのはもったいない」
私の足はそのまま仁和寺へ向くこととなった。
……続く。

最後まで読んで頂き、感謝、感激です。
よろしければポチッとお願いします。 



ブログランキング・にほんブログ村へ



拍手、コメント、それだけが励みです。
   ↓↓
関連記事
≪前のページ≪   1ページ/240ページ   ≫次のページ≫